– Taupe.D.Motoike –

今回はTaupe D Motoike デザイナーの本池さん
純金(24K)、純銀(SV999)の素材をメインとして使用し、全てを本池大介さん自身がアトリエで製作するジュエリーブランドです。”本池 大介”という名義で”漆革”作品をつくりあげる作家活動も行なっています。LiNNでは創業当初より、数々の名作を作っていただき愛用者も多い。個人的に作製いただいたマリッジリングは、お守りのように日常に静かに寄り添ってくれるとても大切なもの。一つ一つ向き合って作る本池さんならではの素敵な作品が生まれるまでの秘話をぜひご覧くださいませ。
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・最近の動向について (履物関づかでのイベント) についてお伺いできますか。

↑ 革や漆の匂いがする本池さんの大切な作業場。日夜ここで数々の作品が生まれます。
本池さん(以下、本):京都は岩倉の雰囲気と関塚さんの履物、自分が制作している漆革(しっぴ)の作品の相性がすごく良くて。とても静かな空間で、ある意味京都でしかできない形になったなと思います。あれはね、世界中どこに持って行っても恥ずかしくないな。
大橋(以下、大): それは実際に拝見したかったです。本池さんのパーソナルな作品全てを混ぜた展示という形ですね。
本: そうそう。「Complete Works」って関塚さんが付けたんだけど(笑)。今回初めてアートワークとジュエリーという自分が作ってきたものを一つの会場に集めました。
大: 本池さんもあの景色を見るのは初めてだったんですね。
本: 初めてですごく新鮮でしたね。また京都でできたっていうのもね。
大: 確かに親和性もありますね。
・漆革(しっぴ)という技法と現在の取り組みについて

↑ エプロンには漆の跡
本: 「漆皮」という技法自体、奈良や京都のあの土地でおそらく作られていただろうという。奈良・平安期に、漆皮箱(しっぴばこ)っていう皮に漆を塗っていた時代があって、おそらくそこには職人さんがいて。
大: 本池さんが知っている中で、現代でその漆革作品を作られている方っていらっしゃるんですか?



↑ 本池さんの漆革作品の一部。ぼくもまだ手に入れられてないのでそろそろ欲しい。
本: 多分、漆芸(しつげい)の、漆を専門にした大学……京都だったり、それこそ金沢だったりっていう、漆芸科っていう科がある大学があって。そこで学んだ人が、木に行ったり、革の方に行ったりっていう、その一環で漆革っていう……。だから僕はすごい珍しくて漆自体はアカデミックで習ってはなくて、革の方から。父が作家だったこともあって、革っていう素地を扱えるプロで、その人間が歴史をたどっていくと漆皮っていうものに出会って今作ってる。自分みたいな文脈はもしかしたら珍しいかもしれない。
佐 (以下 佐): なるほど。
本: ただね。ほとんどが一切物を見たことがないっていう、結局現代に継承されてないんで。
大: そっかそっか、実物というのがわからないんですね。
本: 僕が見たことあるのでも、江戸時代。その時代は漆皮が継承されて変化し続けて、もう実用品になってる。
佐: ああ、なるほど。量産品みたいな?
本: 量産ではないんだと思うんですが当時武士がおそらく作らせた、趣味嗜好品というか。要はタバコ入れ、煙管(キセル)だったり、タバコの葉を入れるための巾着袋など。
大: へえ、そういうのを持ってるのがお金持ちの象徴というか、武士の嗜好品みたいな。
本: 用の美に変わったのが江戸時代。奈良・平安で言われてた工芸品的な漆皮っていうものとは用途が違う。その当時は神事とかに関わる大切な着物とかをおそらく入れてたんじゃないかっていう。そのような箱は皮で作られていた。それが時代とともにギアに、要は戦国時代だと鎧とか。保護されるために漆が塗られてたり、剣道の防具とかにも使われてたりしました。そして江戸時代は実用品として例えばファイヤーマン、当時の火消しが。鹿革のはっぴに「め組」の「め」とかってあるじゃないですか。あの「め」っていう字が漆で書かれてる。
大: へえ!贅沢。
本: 駒場の日本民藝館に所蔵されてて。そこも漆皮っていう風に書かれながら置いてるんで。漆皮は漆に皮って書きますが、その革っていう字は本当は皮膚の「皮」。本当に鞣(なめ)してない生皮、太鼓に張るような。あれ生皮(きがわ)って言うんですけど、要はあれに塗ってた。で、今僕らが見る革って、革命の「革」って書くじゃないですか。あれってね、鞣したらあの字になるの。
大: なるほど、そういう変化なんですね。字の意味の違いとか、言われてみたら何が違うのかよく分からなかったんで。

↑ 本池さんのアトリエには市場では手に入らないスペシャルな革が転がっている…。
本: だからね、その漆皮っていうものを専門的に見る人は、生皮に塗ってないと漆皮ではないっていう文脈の方もいるらしい。ただ、歴史を見てみると江戸時代はもう完全に鞣してある革。要は巾着なんて(生皮じゃ)できないんで。完全に鞣しが完了できている革に漆が塗られてて、それが道具として使われてたという背景があるから。自分は、漆にその革命の「革」って書いて、漆革と読むように作品には使っています。
大: なるほど。
本: 自分はある意味アカデミックな方に行ってない分、自由にものづくりができるので。現代でも漆皮の解釈、再構築っていうので継承しているっていう立ち位置で。
・イタリア/ ルーツへの再訪 について
大: 面白いですね。最近イタリアに行かれてましたね。本池さんのルーツとなる場所だと思うんですけど。久々に行って良かったことや発見はありましたか?
本: イタリアではね、僕の師匠はジョバンニ・バローネっていう作家で。当時フィレンツェの大聖堂、ドゥオーモの真裏でお店兼アトリエをしていました。そこに二十数年ぶりに行って。でももうないんです、そのお店自体。
大: ああ、そうなんですね。
本: そんな跡地を娘と巡るっていう。
大: めちゃくちゃいいですね。
本: 「ここのバールでコーヒー飲んで」、「ここでランチして」みたいな。当時の自分のルーツや住んでたアパートを巡りました。
大: それはまだ残ってたんですか?
本: あ、残ってた。教会の近くのサンタ・クローチェエリアに住んでたんでそこにも行ってね。


↑ 観光地化してるとは言えども、街並みは変わらないフィレンツェ
大: 僕も去年フィレンツェに行って、本池さんからおすすめの場所とか聞いて向かいました。そのエリアは職人街というよりは観光地化していました。当時は職人街みたいな感じだったんですか?

本:ポンテ・ヴェッキオ(ヴェッキオ橋)を渡ると今でも職人街がちょっと残ってたけどやっぱり観光地化されてて。ただ建物だったりはそのまんまなんだよね。昔行ってたジェラート屋もあったし。おしゃれなメニューとか増えてたけど (笑) 。あと空港からトラムが出てるとかね、もうめちゃくちゃ便利になってた。
大: 確かに。
本: 駅とかその周りのお店は変わるけど、建物は全然変わってないからね。当時を思い出してね。あとその当時の自分の年齢の娘が横にいて、ちょうど20代。
大: 本池さんがイタリアで修行していたのが同じ歳でしたっけ?
本: そうです。今回フィレンツェに一緒に行った娘も20歳なんで。この子からはどういう風に映ってんのかなっていうのが自分とシンクロするというか。すごい面白いなと思いながら。親になってまた来てるわここに、みたいな。タイムスリップしたような感覚がちょっとありました。不思議な感覚でしたね。
・幼少期の修行は大変だった?(父からの教育)
大: イタリアへ渡られる前の幼少期は地元でお父様からさまざまな修行を受けてきたと思いますが、やはり厳しかったですか?

本: そうですね。厳しい父でしたよ、ものづくりのことで。ものがどうこうというよりは、例えばデザイン画を書くときの鉛筆をナイフで削れないっていうことに激怒されたりとか(笑)。
大: 作る以前の部分ですね。
本: 「男がナイフ一本使えない?」みたいな感じで「家中の鉛筆持ってこい」って言われて、母親がホント正直に全部揃えて。本当に100本以上はあったんじゃないかな?それを夜通しずっと鉛筆で削ってた。
大: 地獄 (笑)
本: 後にも先にもあの一日だけだもん、鉛筆削りって。それ以来、多分自分以上にうまく削れるやつに会ったことがない。
大: そこで磨きがかかっちゃったんですね(笑)。
本: そういう厳しさっていうか、ものづくりする人間としての育成っていうかね。要するに「これができないやつは人間じゃない」みたいな世界にいて。それも厳しかったんだけど、周りの方たちがいろんなものづくり人たちが集まってたんで。ガラスの作家だったり陶芸家から、染織家や写真家とか。その人たちから言われるの「ダイちゃんは何作るの?」って。作ることが決定してる。
大: それも含めて聞きたかったんですけど、ものづくり自体は本池さんはしたかったんですか?正直なところ?

↑ いつお会いしても飾らず、自然体に接してくれる本池さん
本: 自分がどうこうっていうよりは、そもそもスーツを着てる人が周りにいなかった。
大: ああ、そっか。その環境がなかったんですね。
本: そう。例えば当時よく来ていたのが植田正治さんという写真家の人なんだけど。モノクロで砂丘とか撮るフランスですごい有名な方で。「写真撮って仕事してるんだ」みたいな。だからスーツ着てるやつが1人もいない。なんかものができて父のところに見せに来たりとか、それでなんか話してるのを横で聞いてるみたいな環境で。で、その人たちから「ダイちゃんは何作るの?」って、この何気ない一言をみんなから言われて。ここからだよね。ものづくりを自分がっていうよりは、自分は何を作るんだろう?と。
佐: ある意味洗脳されてる感じですね。
本: 父は伝統工芸ではなかったので、やってることが。だから自分で考えるんだって感じで。子供の頃から頭の片隅に「何を作るんだろう」って。でも若い時は父と同じことはしたくないという思いもあって。じゃあ自分は何を作るんだって。
T.D.M を始めた経緯は?

本: それで行ったのがイタリア。やっぱ自分の武器、自分だけが持ってる技術が欲しかったっていう流れで。だから何でも良かったんですよ、当時は。フィレンツェで午前中はイタリア語学校に行って午後はフリーなので、街中を歩いていると当時職人がいっぱいいたので。ハンドメイドで作ってるステッキの工房にも行ったし、額縁を作ってる職人とかにも会った。
大: 確かにぼくが行った時でもフィレンツェにはそういう専門店がいっぱいありましたね。
本: あるでしょ。あとね、当時多かったのはね、木型職人。靴の木型もあるんだけど、当時のヨーロッパってバッグも全部木型。昔ながらのボックス型のものとか。ああいうのは全部木型が存在する。日本の人はあまり知らないと思いますが、靴とバッグってほとんど同じ作りなんですよ。木型があってそこに革を貼り込んで、最後木型を抜いて構成するっていう。日本は袋物、要は風呂敷文化なので。
大: そうですね。そもそもの文化が違いますね。
本: 風呂敷、袋物から始まってるのでカバンっていうものの概念が日本の場合は柔らかい。向こうは開けた感じの工場みたいで、そこで削ってる木型職人さんとかもいて。そういうところ巡って興味が出たところに話しかけて。朝覚えた言葉を。
大: 勉強した言葉をそのまま使える。効率的ですね。
本: 「今日これ聞くぞ」っていうことを2語か3語ぐらいピックして、だからトークが全くできない(笑)。そこに自分を入れて欲しいんだけどみたいな言葉を足して交渉してました。3ヶ月ほどはイタリア語学校に通うのが決まってたので、その間に絶対に見つけてやろうって。
大: 幼い頃から「革」に触れてきてたなかでの貴金属、ジュエリーに触れていくことになったのはこのイタリアでの経験があったからですか?

本: 巡ってるうちの1つに先程触れたジョバンニ・バローネのお店があって。表で商品を販売して、奥で作っているというスタイル。イタリア人のおじいさん、僕の師匠に当るんですがその人が作っていて、覚えた言葉で「これどこで作ってんの?」と自分の拙いイタリア語でもすぐ分かってくれて。そしたらジョバンニが、自分の手を見せてきて「これ(手)で分かるだろ」みたいな。その時に見た手が父親の手とそっくりだったんです。
大: ほうほう。
本: それでここだって思って。そこから毎日もう嫌がらせのように通い(笑)。何もすることもなく、ただ行って見てるみたいな感じで。「ここでやりたいんだけど」みたいなことを毎日伝えて。最後は「お前邪魔だからこっち入っとけ」(大笑)。だから居座ったみたいな形ですね。ただ当時は今の人から聞くと信じられないと思うんですけど、仕事させてもらいながらお金払いますっていう。こっちから。
大: 逆に!?現代ではありえない文化ですね。
本: 「いくらください」じゃなくて。要は何もできないわけだから、逆に払ってやる気を見せる。仕事させてくださいと。その中で覚えながら、空いた時間は自分の作品を道具を自由に使って作っていいよって。そういう始まりでした、お金を払って仕事をするという。
なぜ純金・純銀素材を使おうと思った?
大:その師匠がピュアシルバーやゴールドを使ってたってわけではないんですか?

↑ ドローイングの一部。ほんとに金や銀を使って描いてると初めて聞いた時は絶対嘘だと思ってた。。。

本:うん、イタリアは当時からSV999のような最高純度の素材を使うことはほぼなくて。師匠は銀食器の職人からジュエラーになったていう経歴で結構アバンギャルドな作風が面白くて。モチーフがハエとか。金銀のハエのブローチなんだけど、それをつけてる人はハエがたかってるみたいな。貴金属を付けてるんだけどラグジュアリーに魅せるためのものではなくて、ある意味ユーモアな存在というか。
大:個人的にはアバンギャルドで好きなアプローチですね。イタリアから戻って来られて、MOTOで修行?を経験されてからのTaupe D Motoikeを立ち上げるに至った経緯を伺ってもよろしいですか?

↑ K24とPT999のマリッジリング。これまで数名依頼がありお届けしましたが、個人的にもほんと大切なもの
本:イタリアで学んだ彫金の技術と父から学んだ革の技術を合わせてレザーにシルバーで「MOTO」という一つのブランドになります。23歳の時にお店を出して、29歳で青山に行くんですけど。その時点で自分の中ではクラフトがビジネスになるのかっていうテーマを掲げていました。それを自分のライフワークとしてこれを有名にすることだったり、これで食べていけるのかっていうことを目指してやってたんですけど。頭の中に当時からなんだけど、「だいちゃんは何を作るの?」っていう。それはできてるのか?と自分の中で問いかけながら。どちらかというとものづくりをしてビジネスは始まって幸いにしてどんどん成長していき、人数も増えていきました。年齢を重ねて10年15年同じことをして振り返ってみると、MOTO時代は自分のものづくりっていうのがなかった。やっぱり父が作ったものを2代目として継承したっていう意識も強かったので。だから自由にできたっていうのもあったし、自分が最高責任者っていうのじゃなくていいポジションで自由にさせてもらってたっていうのもあったんで。その代わり結果を出すっていうようなポジションでした。多分自分が自分がっていう思いはあまりなくて。それよりもちゃんと結果を出せるのかとか数値的なものだったり、ブランドが大きくなればなるほど自分から離れていく。運営がメインになったりしたんで。結婚して子供もその間にできたのもあって。自分が幼少期に見てきた景色と自分に子供ができて見せる景色、もしかしたらちょっと違うかもなっていう。お父さんは何をやってるかわかんないけど、偉い人みたいなポジションてなんかなと思って。本当に自分のものづくりができるのかどうか、自分にそれがあるのかどうか。40歳になった時に、南青山のパレス青山の1部屋を借りるんですよ。
大:オープンアトリエで使われている場所ですね。
本:そうそう。仕事が終わった後に会社の人間には誰にも言わず、自腹で自分の中に何かあるか?と色々決断の時期で。そこで夜な夜な仕事終わりに試行錯誤して、行き着いたのが漆革でした。あとは純銀と純金を使ったジュエリー。そのジュエリーも自分のルーツやストーリーみたいなものを反映させながらできる展開のものっていうところに行き着いた。当時イタリアで修行してた時に仕事場から全く出てこないやつっていうことで、イタリア人からモグラ(Taupe)って言われてたのを相棒にして。この 2つの武器、漆革とジュエリーを持ってさあ出ようと。これでなかったら何も言わずなかったことにしよう(笑)弟たちもMOTOに参加してくれるようになったので任せられるタイミングもよかったですね。
大:幼少期の「だいちゃん何を作るの?」っていうある意味呪縛というか、それが解けて形になったんですね。
本:30代の後半ぐらいはそれに蓋をしてたんだけどちょっとね。自分の中ではごまかしてるじゃないけど、開けてはいけない箱を開けるべき時が本当にあるのか?それが幸いあって。MOTOをやってた時と同じものづくりなんだけど、全然違うものづくりが始まった。

↑ 貝殻の胡粉を散らして描かれたドローイング
大:確かに。T.D.Mの作風に触れたいのですが、ドローイング。そこから基本デザインが始まると思うんですが、インスピレーションははどこから受けているのですか?
本:実はずっとMOTO時代から書いていて。ただお客さんにも見せることはない。 会社の人間も同様ですが、自分が作る時には必ず書いてはいたので。T.D.Mではこれも一つのものづくりが始まってるって言っていいんじゃないかっていうことでオープンにしました。そういう経緯ですね。
・今回展示のテーマ , プロダクトについて
大:僕らもこれまでさまざまな作品の絵を描いて作ってきていただきましたけど、やっぱり本池さんの魅力の一つだと思ってます。それでは今回の作品に話を移していこうかなと思いますが、本池さんからセレーションシリーズについてお話をいただけますか?

本:会期のテーマは「Untitled」。今回のセレーションに関しては、自分のT .D .Mにはなかったコレクションの 1つです。自分が家族に作った 1つのモチーフを、ちょうど佐藤さんがスタジオに遊びに来られた際に偶然見られて感性に引っかかったっていうものです。それは自分の中でも嬉しいことだったので。だからT.D.Mと言えないので。。。
佐:悩まれてましたもんね。

↑ 本池さんのスタジオには沢山の試作品が、といっても普通に製品化できるものばかり

本:そう。ただこういうのも一つのストーリーというか、作り手と伝え手の関係性として伝え手の人がこれにインスピレーションを受けてくれるっていうのは僕の中でも新鮮だったのでやりましょうかっていう形で始めました。大体形にする時はこれをゴールドにしたらとか考えるんですけど、これに関しては全くなかったから。このね、佐藤さんとそっから大橋さんも一緒にね。 ゴールドのグラデーションやオールゴールドっていうのは、僕たち3人で作ってきたという思いもあって。実はこのモデル、ここに行きつくまでに色々と形にしてきてね。色々ねじったり、ちょっと動きつけてみたりとか。見えない失敗の数というか、やっぱりこういう風に世に出す前ものが必ずあるので。これを経てじゃないと到達できない。自分の中で作ってても拉致があかない時は逃げるようにまた絵を描いてみたりしながらのほんと繰り返しです。

↑ 今回のシリーズをご購入頂いた方から先着順でなんとドローイングをいただけると。普通に欲しい
大:壁面に貼ってるのが全て今回のセレーションシリーズのドローイングですね。
本:そう。自分としては良い絵を描きたいという訳ではない。今回のは羽なんだけど、羽じゃなく見えるような。人にとっては流れる水や葉っぱのようであったり、何か有機的なものであったり。羽を作りたくないというか、言い方難しいんですけどね。でもね、それを人がつけた時に初めてその人のパーソナルなものも出てくるん。要は羽をつけてる人を作りたいわけじゃない。
大: なるほど、それはでも本池さんの作品全てに言えますね。

↑ K24を羽根の節箇所に、ギザギザした本体はSV999を質量たっぷりに。大小2種類で受注生産になります。

本:そうですね。全部に通じます。これのルーツはフクロウの羽をイメージしていて、フクロウは鳥の中で一番静かに飛ぶ。大空を悠々と羽ばたくというよりは、静かに羽ばたくっていうのを一つのキーワードにしてます。
大:このお話を初めて聞いた時にすぐに引き込まれましたね。ドローイングに金やシルバーを使う作風をされてる方は他にもいらっしゃるんですかね?
本:確かにね。これはね、やっぱり自分が最後金属で落とし込むっていう作家である。絵をダイレクトに書こうとしたらなかなか使わないですよね。 だから人からも言われるんですけど、ゴールドとかシルバーのトローイングがぼくを表してるねっていうのは言われますね。
大:僕も頂いた胡粉の作品もそうですが、ほんとに特創的です。すごく気に入ってます。

↑ SV999 ver。こちらも大小でオーダー可能です
本:自分の中ではここから立体が頭の中にあるんで。物というよりも、それが持つ意味。それをつけた人がどう見えるかっていうことをすごく大事にしてる。だからこれを見てもらった時にかっこいい羽を描きたいわけじゃなくて、羽から感じる何かを生み出したい。

↑ 静かに存在しながら強さがある。本池さんの作品には共通してこれが言えます
佐:角度やつける人によって変わる。羽根に見えないですね。※写真は大サイズ着用
本:静かに羽ばたいてる感じあるでしょ。何かお守りっぽい感じがあるね。

↑ K24の小サイズ。小ぶりながら存在感があります
大:確かに。本池さんの作品はジュエリーとしてはもちろん、お守り的な要素も強く感じますね。
佐:コードに使ってるクライミングロープとの相性も良いですね。
本:ナチュラルが今回は良さそうですね。(会期中はコードの色をお選びいただけます)

大:あとはベルトですね。仕上がってますね、色がかっこいい。

↑ 今回も素敵なベルトを用意していただきました。お好みのサイズでお求めいただけます
本:前回同様に30mm幅でフランスのブラウン。茶色の革って結構お国柄が出るんですが、フランスは茶色でもいろんな茶があるのが特徴です。厚みも特徴的な革ですね。厚いけどしなやか。本来はもっと張っちゃうんですがこれはとても滑らかですね。馬具専門のタンナーから出た革なので、馬に負担がないように設定されています。純銀のバックルとの相性も良いですよ。バックルも今回は厚みをしっかり取ったので結構重さが出たかも。
大:最近初期に作ってもらったArtisan’s beltが欲しいという声がすごく多いので今回も人気でそう。
本:いいベルトって意外と少ないから。ここ数年パンツに力を入れているアパレルブランドさんが増えてきたので、それらとも相性が良くて。
大:そうですよね。今回も受注限定の生産で数に限りはありそうですか?
本:そうですね。 今回もまあ10本ぐらいかな?穴はそれぞれに調整して合わせて受注が取れます。少ない穴、3つぐらいで自分だけの 1本を作ってもらえたらと思います。
今後の展望について
大:素直に欲しい。最後に今後の展望的な部分をお伺いできますか?
本:自分が生き続けてる以上は作れるっていうのはあるんだけど、数は多分少なくなると思います。なのでスケールしていく、展望じゃなくて申し訳ないんだけど(笑)これからどんどん減っていきます。それはね、自分が今作ってる作品を評価してもらってきて。要は僕の場合は単純な話で1年で作品を作る日数が増えると作れるジュエリーが減ってくる。なのでT.D.Mは恐らく数が減るし、お店も増やすことができない。関係性のあるところと長く深くできればなと思ってます。アートワークと共に、今回のセレーションは結構自分のアートワークと割に密接で飾らせてもらうオブジェとかも含めて。
大:そうですよね。僕らもT.D.Mが好きでセレクトさせてもらってますが、本池さんというヒトも込みでその方が作る作品が好きなので。今後はLiNNとしても本池さんのパーソナルを打ち出す形に変わっていくでしょうね。

本:ブランドとお店の関係性だったり、今まで築いてきたものが日本含めた世界中であると思います。今の自分の活動を踏まえるともう少し新しい関係性、展望っていう意味では新たな作り手と伝え手と使い手の関係性が新しい形で作れるんじゃないかなっていう自分の中では展望。じゃないとお客さんもなんか乗ってこないような気がしてて。僕は、なんですけど。作り手は自分の名前を大きくしていくことも必要ですが、別にジェエラーとして大きくするんではなくて作家として大きくしていく。実はジュエリーも作ってるみたいな。アレクサンダーカルダーはカルダージュエリーっていう存在があったりね。 ああいったものになるのはちょっと自分の中では楽しみですね。
大:本当そうなんですよね。同じものがずっと手に入るというより、常に時代が変化するのでその時々の衝動を大切にする。作り手の方も同じですよね。
本:それってね。実はみんなわかってるっていうか、これが 5年後10年後どうスケールしていくのか?どういう変化していくのか?いろんなことを抱えながらみんなやっているから。自分の場合はスピード感のある世界の中で、急いで作ることはできないので。その代わりにこの期間からこの期間までやる前からある程度決めて、次やることを実は6年前に決めていたというスピード感で自分は成立してます。
大:さまざまな想いのこもったものが、今後も生まれるのが楽しみです。ほんとに貴重なお話をありがとうございます。そして、今回も素敵な作品を提案できることを光栄に思います。みなさま、ぜひ一度今回の商品を手に触れていただけると幸いです。お楽しみに!
本:ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

” Untitled “
【Release product】
・Serration – Necklace
Size / Long , Short
Material / SV 999 , K24 & SV999 , K24
Price / ask
・Artisan’s belt 30mm
Size / Measurement
Material / Calf leather , SV 999
Price / ask
【納期】
8月中から末頃 納品
*全て受注生産となります。
*オーダーの際は、全額 or 半金を内金として頂戴しております。
【会期】
6/13(sat) – 6/21(sun)
*どなたでもご覧頂けるイベントとなっております。
ご質感のある方はお気軽にメール or instagram DMにご連絡ください。
LiNN 大橋
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LiNN
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Thu , Fri / 13:00-19:00
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📩 Contact : info.linn.00@gmail.com
※開業日について
弊店は,中目黒と祐天寺の間
(駒沢通り添い)に辺る
ギャラリースペース S.AHN (サン)にて
各月14日間不定期に運営いたします
各月開業日は当サイトblogページまたはinstagramにてご参照ください
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